前夜祭で、「審査員特別賞」を受賞致しました。
皆様のご声援ありがとうございました。
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〜♪かずぅさ〜ぐみぃなぁら 何言うておぉどる
土ぉ佐ぁが恋しぃと 言うて踊ぉるぅ♪〜
武州よさこい上総組(埼玉県坂戸まつり所属)
このチームは上総組、埼玉出身だと聞いていた。
総勢120名で今年、高知のよさこいには4回目の参加と言う事だ。
だが、本場高知のチームも叶わないかもしれないほどの
熱い思いを抱いているチームだった。
多分、高知に住んでいる誰もが、一度は感じた事のある「もやもやとした気持ち」
「高知が本場だ」と言う気持ちが、このチームの踊りを熱く、基本に忠実にしていると感じた。
今年で、4回目の参加と言う事だが、平成16年にはよさこい全国大会で銀賞を受賞
優秀賞も2回、原宿表参道スーパーよさこいでは、2度よさこい賞を受賞している。
チームの結成は16年前・・・ ちょうど、YOSAKOIソーランが始まった頃だ・・・
それは、一人の女性によって始められた。
決して、北海道のお祭りに触発された訳ではない。
よさこい=高知の思いを胸に・・・
菊池亜季子さん(旧姓:上総亜季子さん) 高知出身の女性だ。
ここからは、菊池さんの話を元に紹介します。
私は高知の出身ながよ。と言うより、埼玉へは行ってるという感じ。
いつまでも高知が住んでいるところ。故郷。今も毎月1回ぐらいは帰ってる。
私は、第一回目のよさこいに6歳で参加したがよ。
(えっ。びっくりして年齢をお伺いすると、「60歳」あっけらかんとして答えてくれた
とても見えない。踊りってこんなに人を若くするんだと思った)
うちは家族みんなが、よさこいに参加しゆうきね。
娘が踊りを作って。嫁が指導をして、今年は唄も嫁がやって、息子があおりをする。
孫も踊りゆう。孫で4代目。
(すごい!!すごすぎる。高知にこんな家族はいるだろうか??少し疑問に思った)
外へ出たからこそ、踊りたいがよ。高知におって、いつでも踊れる環境とは違う。 だから思いが・・ よけいにね。踊りたいがよ。
(そうか。やっぱり離れてしまったからこそ、高知のよさこいの良さが本当に分かるんだ
そして、ホントに踊りたいって言う思いだけでチームを作ってしまったんだ)
(ちょっと、質問をしてみた。YOSAKOIソーランは出場はしてないのですか?)
それは・・触らんといて・・高知がよさこいながよ。高知じゃないといかんがよ。
(私にもわかる。何となく感じている。高知が本場なのに・・・と言う思い)
私はね(私のチームはね)、賞を取る事は目的ではないの。
みんなが楽しく踊る事。すべて、チームの力。一人では何も出来ない。そう思ってる。
だから、年齢も5歳から、70歳まで。そんな賞の為に年齢制限なんかしたくない。
だって、笑って踊れたらいいじゃない?笑顔が無い。苦痛な踊りなんて・・・
家族で参加して、小さい子供なんかいたら、疲れてしまったりするけど、
「お父さんに抱っこしてもらって歩いた」とか、「お母さんにお化粧してもらった」とかそんな事も全部含めて、いい思い出になる。楽しめる。それがよさこい。
〜♪土佐のぉはちぃきぃん ここぉにてごぉざ〜る
踊ぉり踊りぃてぇ あの世ぉまぁで♪〜
これが私の思いのすべてよ。
 
現在神戸に住んでいます。今年「上総組」で2年目を迎えました。
高知を離れて、よさこいが余り知られていなく、YOSAKOIソーランの方が有名だった事にショックを受けた。
神戸でもよさこいはあるけれど、サークル化していて何となく嫌だ。
だけど、「上総組」には高知の昔からのチームを感じる。私は以前は他チームで踊っていたけど、一昨年、見つけた「上総組」の基本を守った踊りが好きで、本来「上総組」は埼玉か高知の人しか参加できないけど、何とか口説き落として、去年から参加させてもらった。
踊りはDVDで覚えて、まだ高知に来てからは、5日位だけど、今年は踊りを教えられる位にはなっています。
高知の「知」に土佐の「佐」で知佐さん。
とてもさわやかな、踊りが大好きな様子の女性でした。頑張って下さいね。

衣装のサンプル写真本番ではどんな仕上がりに? |
菊池さんは、昔、お父さんがご商売をされていたと言う、愛宕商店街から
毎年、踊り始めるそうです。
地元(埼玉)からは、80名が8日に高知入りし、高知の40名と合流する事になっています。
よさこいを通じて、子供たちのしつけ(挨拶の大事さ)や、喜びを教える。
地域の交流を兼ね、年中、色々な場所に出向いて踊る。
音楽のベースも基本に忠実。
「よいやさ。よいやさ。よっちょれ。よっちょれ。」の掛け声。
太鼓の音や、昔ながらの赤い鳴子。
高知のよさこいは今や、全国に広がっているけれど、原点にこだわっている人もまだ沢山いる。
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